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■アントニオーニのあくなき創造意欲から誕生した作品

 ミケランジェロ・アントニオーニと『愛のめぐりあい』で組んだプロデューサーのステファーヌ・シャルガディエフは、発作による麻痺が残る中でこの作品を撮りあげた後も、映画を作り続けることにあくなき情熱を燃やすアントニオーニと、再び仕事をする機会を持ちたいと考えていた。そこで、エロスを題材にしたトリロジーの企画を思い立った彼は、経験豊かなフランス人プロデューサーのラファエル・ベルドゥゴとジャック・バール、個性的でクリエイティブなイタリア人プロデューサーのドメニコ・プロカッチを加え、プロジェクトの骨子を固めていった。プロデューサーのひとりは語る。「コンセプトは、アントニオーニと、彼に影響を受けていると公言している有名な若手監督ふたりを組ませるというものです。それぞれが、エロスを題材に、好きな手法で作品を撮る。それ以外は、何をやっても自由です」

 アントニオーニは、すぐさまこのプロジェクトに応じ、多くの候補者の中から、ウォン・カーウァイとスティーヴン・ソダーバーグのふたりを選び出した。カーウァイとソダーバーグが、敬愛するアントニオーニのオファーに喜んで応じたのは、言うまでもない。
 当初、プロデューサーたちは、3本の映画を作ろうと考えていたが、すぐにカーウァイとソダーバーグが各々自分の製作会社を持つプロデューサーでもあることに気づく。そこで、それぞれが別々に製作したうえで、3部を1本の長編とし、受け持ちのテリトリーの権利を持ち合うスタイルで製作をすすめていくプランを構築した。


■トスカーナ、ロサンゼルス、香港。3つの大陸で独自に進められた撮影

 3作のうち、最も早く撮影がスタートしたのは、アントニオーニのパートだった。アントニオーニの著作「That Bowling Alley on the Tiber: Tales of a Director」におさめられた3篇(「The Silence」、「Three Days」、「The Dangerous Thread of Things」)を元に、アントニオーニの長年の脚本のパートナーであるトニーノ・グエッラ(『情事』『欲望』)が脚本を執筆したこの作品は、2001年末にクランク・イン。撮影は、イタリアのトスカーナ地方にあるブラノ湖周辺で、6週間かけて行われた。主演をつとめたクリストファー・ブッフホルツは、撮影の模様を振り返ってこう語る。「これは本当の冒険でした。ミケランジェロに会ったとき、彼から非常にセクシュアルな映画であることを説明され、私の方は、どうやってこの作品を撮るのかを教えてほしいと問いました。こんなにも感覚的な美しい映画は他にないので、どうやって撮るのかを誰かが教えてくれなければ分からないでしょう? しかし、あとで自分に問いかけたんです。“彼は、この僕を作品に選んだんだ。ということは、僕がそのシーンに登場するということじゃないか!”と。そして結局、この作品は自然への賛辞となり、ミケランジェロは私に羽根を与えてくれたので、多くの事に対して自分に自信が持てました。ミケランジェロは、私にとって、父のような祖父のような存在であり、先生でもありました。彼は本当に多くのことを与えてくれました」

 スティーヴン・ソダーバーグのパート「ペンローズの悩み」は、2003年3月に、ロサンゼルスのスタジオでクランク・インした。他のふたりが、エロスというテーマに対して、よりダイレクトなアプローチをすることがわかっていたので、ソダーバーグはもう少し軽い描き方を選んだ。「アラン・アーキンとロバート・ダウニーJr.主演の“エロティックな映画”というコンセプトが気に入ったんだ」と、ソダーバーグは言う。「この映画の主人公は、自分がどれほど深く妻のことを思っているかが意識的にわからず、たえず妻の夢を見るものの、めざめるとそのことがわからなくなる。それが原因で、仕事にも支障が起きるんだ」

 他の2作品よりも遅れて香港でクランク・インしたウォン・カーウァイの「若き仕立屋の恋」は、2004年の初頭に完成した。ヒロインのホアを演じたコン・リーは、「この作品に出演できて、とても幸せだった」と語る。「ウォン・カーウァイとの仕事だったというだけはなく、アントニオーニにつながるプロジェクトに参加できたからです」。

 いっぽう、仕立屋を演じたチャン・チェンは、撮影時の状況を次のように振り返る。「僕がいちばん覚えているのは、SARSが大流行した時期に、一生懸命に撮影と取り組んだことです。また、非常に親密な関係を演じたコン・リーからは、多くのことを教わりました。彼女は素晴らしい女優です。この映画に入る前までは、自分自身の中に、エロスに対する狭い見解しかありませんでした。しかし、映画を撮り終えた今では、エロスは愛と非常に密接に関わりあっていると理解しています。この映画のおかげで、自分自身が成長し、豊かになったと感じています」


■トリロジーを結ぶロレンツォ・マットッティの絵画とカエターノ・ヴェローゾの音楽

 3人の監督たちの作品が出そろったところで、プロデューサーたちには、「3つのエロス」を結ぶシークエンスを用意する仕事が課せられた。その経緯について、ソダーバーグは、こう語る。「ある時点では、別の物語を追加し、互いの作品を何らかの形でリンクさせようという議論もありましたが、3作品を観た結果、それぞれが全く違うものだったので、無理につながりを作り上げるのは間違いではないかということになりました。そこで、ロレンツォ・マットッティの非常に美しい絵で、3作をつなげることになったのです」

 プロデューサーたちに、マットッティを紹介したのは、アントニオーニ編の脚本を手がけたトニーノ・グエッラだった。マットッティは、グエッラの詩集の挿絵を描いたことがあったからだ。プロデューサーたちは、様々なスタイルを持つマットッティに、各監督作に合うような3つの絵画を依頼。それらは監督たちの元へ送られ、ただちに了承された。

 さらに、マットッティの絵画のバックには、ブラジルの有名なシンガー・ソングライターで、ペドロ・アルモドバルの『トーク・トゥ・ハー』で「ククルクク・パローマ」の印象的な演奏を披露したカエターノ・ヴェローゾのオリジナル曲が選ばれた。アントニオーニ夫人であり、アントニオーニ編の音楽とプロデュースも手がけているエンリカ・アントニオーニは、ヴェローゾの音楽が起用された経緯を、次のように説明する。「ある日、カエターノが、ミケランジェロのために曲を書き、彼の歌のCDと共に送ってきたのです。カエターノは、もしミケランジェロがその曲を気に入ったならば、題名にミケランジェロの名前を付けたいと申し出ました。ミケランジェロは、その申し出を承諾し、さらにカエターノにミケランジェロ・アントニオーニ芸術賞を贈りました。そして今回、ロレンツォ・マットッティの素晴らしい絵画を映画に採用しようと決めたとき、私たちは、ミケランジェロに捧げられたその曲を思い出し、このプロジェクトにはまると考えたのです」