『花様年華』『ブエノスアイレス』のウォン・カーウァイ、『セックスと嘘とビデオテープ』のスティーヴン・ソダーバーグ、『情事』『欲望』のミケランジェロ・アントニオーニ。それぞれ90年代、80年代、60年代のカンヌ映画祭を征し、アジア、アメリカ、ヨーロッパを代表する世界的な映画作家へと羽ばたいていった3人の名匠が、世紀のコラボレーションを結成。一級の芸術作品と呼ぶにふさわしい、風格に満ちた愛のトリロジーを完成させた。
2004年ヴェネチア映画祭で、大きな話題をさらった『愛の神、エロス』。カーウァイ、ソダーバーグ、アントニオーニの3人が、エロスをテーマにそれぞれ“純愛”“悪戯”“誘惑”といった独自の視点から、愛とエロティシズムを描きあげた本作は、3人の名匠たちの薫り高い愛の美学が、見る者の心を揺るがす至高のコラボレート作品である。
企画の発案者は、60年の『情事』でカンヌ映画祭の審査員特別賞、67年の『欲望』で同映画祭のパルムドールを受賞し、91歳を迎えた今もあくなき創作意欲を燃やす伝説の映画作家ミケランジェロ・アントニオーニ。前作『愛のめぐりあい』で組んだプロデューサーのステファーヌ・チャルガディエフからトリロジー創作のオファーを受けた彼は、自身と肩を並べるにふさわしい若手の映画作家を、多くの候補者のリストから指名。カーウァイとソダーバーグのふたりに、白羽の矢を立てた。
そんな経緯から誕生した作品は、それぞれの作家の個性が全面に打ち出された、贅沢なフルコースともいうべき一編に仕上がっている。
トップを飾るのは、『ブエノスアイレス』でカンヌ映画祭の最優秀監督賞を受賞し、同映画祭で2冠を受賞した『花様年華』のストイックな官能表現で世界中の映画ファンを魅了したウォン・カーウァイの「若き仕立屋の恋」。『欲望の翼』『花様年華』『2046』に続き、1960年代の香港を背景にしたこの作品は、高級娼婦のために服を縫い続ける仕立屋の一途な愛をみつめた物語。ただ一度の手の触れ合いに、彼女への永遠の愛を見出す仕立屋。その切ないほど美しく、泣けるほど純粋な思いを描くドラマを通じて、カーウァイは東洋的な「秘められたエロティシズム」を表現。『花様年華』と同様、鏡ごしの映像を多用した演出に、世界有数のヴィジュアリストとして知られる彼独特の美意識がさえわたる。ヒロインの高級娼婦を演じるのは、『2046』でカーウァイと初コンビを組んだアジアの華コン・リー。仕立屋には、『ブエノスアイレス』『2046』のチャン・チェンが扮し、イノセンスが香り立つ抑制のきいた演技で魅了する。
一方、カンヌのパルムドールを受賞した『セックスと嘘とビデオテープ』で衝撃のデビューを飾った後、ハリウッドとインディーズの両フィールドでめざましい活躍を見せるスティーヴン・ソダーバーグは、夢に題材をとった「ペンローズの悩み」を、往年のハードボイルド映画を思わせるモノクロ映像を駆使したスタイリッシュな作品に仕上げた。主人公は、ロバート・ダウニーJr.が演じる1950年代の広告クリエーター。エロティックな夢の中に登場する女性の顔がどうしても思い出せない彼は、アラン・アーキン演じる精神分析医を訪ね、夢の解析を依頼する。そのふたりのやりとりと、青を基調にした映像で表現される夢のシークエンスで綴られたドラマに漂うのは、人間の深層心理をユーモラスに料理した知的遊技の趣き。『オーシャンズ12』などのハリウッド大作とはひと味違う、ソフィスティケイトされたテイストを、今回のソダーバーグは楽しませてくれる。
そして、トリロジーの最後を飾るミケランジェロ・アントニオーニの「危険な道筋」。愛し合っているのにコミュニケーションがはかれない40代の夫婦を、クリストファー・ブッフホルツとレジーナ・ネムニが演じるこの作品は、アントニオーニの永遠のテーマである「愛の不毛」について言及すると同時に、カオス(混沌)の中からガイア(大地)とタルタロス(冥界の最深部)と共に誕生したとされるエロスの起源を深く掘り下げていく。自然の化身のような女と交わりを持つ夫、そして、その女とひとつの影で結ばれる妻。エロスは自然に宿り、その自然を媒介にして人間同士の結びつきが存在することを語りあげていくこの作品を通じて、アントニオーニは、宇宙的な視野に立ったエロス論を展開させる。そんな彼のみずみずしい感性、91歳にして新たなテーマに自らを駆り立てていくエネルギーには、誰もが驚嘆せずにはいられないだろう。
人を愛することの切なさを、過去のどんな作品よりも情感豊かに描きあげ、胸に迫るドラマを紡ぎ上げたカーウァイ。エロティシズムのフロイト的な解釈にヒネリをほどこしたストーリー・テリングに、鬼才ぶりを発揮するソダーバーグ。哲学的・神話的な観点から、愛の定義を語りあげるアントニオーニ。まったく異なるアプローチから、深淵にして大いなる謎をはらんだエロスというテーマに挑んだ3人の名匠たち。それぞれのオリジナリティと独立した世界観が、極上のハーモニーを奏でるこの魅惑のトリロジーは、さらに、ひとつの絵画、ひとつの音楽によって、濃密に結びつけられていく。
その大役を担ったのが、ニューヨーカー誌の表紙をしばしば飾ることで知られるイタリアのアーティスト、ロレンツォ・マットッティと、現代のブラジル音楽を代表するシンガー・ソングライターのカエターノ・ヴェローゾだ。各章のタイトルを飾る絵画を描きあげたマットッティは、シンプルで力強いタッチで、それぞれの名匠たちの世界を表現。バックには、ヴェローゾがアントニオーニのために書き上げたオリジナル音楽「ミケランジェロ・アントニオーニ」の官能的なメロディが流れ、陶酔の境地に見る者を誘っていく。